Beautiful Doll

ターミナル改築前の羽田空港。午後5時。
ANA系列とJAL系列の搭乗カウンター群の間にきらびやかなお土産コーナーがある。
その女性は、広大なホールで誰よりも大きな声を上げていた。
もちろん奇声をあげるわけでもなく、夢ばかり奏でる売れないストリートミュージシャンでもない。
彼女は、銀座の洋菓子店の売り子なのだ。
だから、空港ロビー内を急ぐ乗客や航空会社社員、警備員は彼女を空港の一部にしか思わない。
彼女は自社の土産が他店よりも美しく手荷物にならないと繰り返し喋り続ける。
話の最後の部分で、白い右手を高く掲げて、分店の小さなブースがより輝けるようにアピールするのだ。
俺はしばらくの間、彼女と同じように空港の一部になってみた。

土産コーナーの暗黙のルールなのか。
行列が長くなった場合の誘導方法があるようだ。
彼女は、そのラインを延ばすために。言葉をリピートする。1回分が45秒ぐらい。
右手を挙げたり、左手を挙げたり。でもセールストークは全く変化がない。
繁華街の呼び込みみたいに、黙って通り過ぎる客にイヤな顔ひとつしない。

彼女は、ときどきノイズがある人形みたいだった。

普段、「一番の土産は土産話」が持論だったが、
手荷物検査所通過やそれから出発までの残り時間を計算して、彼女が作ったラインに並ぶ。
彼女は隣のブースのチーフらしき男性から客の誘導で、指導を受けた。
俺が彼女を観察している間に、彼女の機械のようなセールストークが消えたのは、その時だけだった。

当初、土産は1つと決めていたが、小さなサイズを追加した。
土産を渡す人数は少ないけれど、俺にもちゃんといる。
でも525円の8枚入りのクッキーは、機械のような、人形のような彼女への報酬だったのかもしれない。
違う意味でそのクッキーは「土産」だったのかもしれない。

2004/11/23AM22:03追記。
帰京したときの羽田空港は全ての商店・レストランが閉まり、とても閑散としていた。
到着ロビーは出発ロビーの階下にある。おそらくエスカレータを昇っても、人形はそこにはなかっただろう。
京急線のホームには品川行き特急が待っていた。(Wrote 2004.11.19AM17:55)