ミスタードーナッツ中野ショップ、AM19:00

2007年1月10日のお話。以下転載;

早々に書いておきたかったのですが、気がつけば一週間。
ドタバタしておりましたが、といってもフーコーやジェイムスンにうなされていたということかも。
あと、迷惑をかけまくった『恋愛と結婚』っていう調査報告書のチェックも一段落し、11月に出た本の話も、昨日書店のマイナーな棚に並んだ雑誌に載っけてもらった雑誌論文も一段落したところで、やっとこさ、くだらないと言えばくだらないネタをダラダラと書いてみよう。

さて先週水曜日のお話。
目白の某G大学にてバイトが終わったあと、いつものとおり、自転車で中野に向かう。
水曜はいつものごとく、太鼓の練習です。練習開始の20時までに時間が空いたので木曜のゼミの課題文献である、フレドリック・ジェイムソン著(2006)『カルチュラル・ターン』をミスタードーナッツの喫煙スペースで読み始める。
カウンター席もあったのだが、先客がいたので、サンモール商店街側のガラス枠側にある2人がけのテーブル席に座する。
もちろん、お代わり自由のアメリカンコーヒー(262円in tax)でひたすら粘る。
私にとって、ミスタードーナッツはドーナッツを食べる場所じゃなく、読書する場所。別に1人でいても読書はできるけれど、タバコとコーヒーが自由なのはミスドドトールしかない。しかもドトールはお代わりができない。
まあドトールドトールで、店員が絡んでこないというメリットはあるが。自転車の時はミスド、電車はドトールという、徒歩になった地点(駅か駐輪場)からの距離ということで、だいたい選ぶというよりも消極的理由によって決定される。

さてさて、前置きはこれまでに。ミスタードーナッツAM19:00@中野ショップにて。
ミスタードーナッツ中野ショップの喫煙スペースは、以前は2階席全部だったが、2006年11月(だったかな?)のリニューアルに伴い、喫煙スペースは1階の一部に格下げとなった。
カウンターが3席、2人がけのテーブル席が3つに、4人がけのテーブル席が2つという構成となる。
私は前述通り、2人がけのテーブル席に座して、読書をし始めたのだが、4人がけのテーブル席に母親と息子という組み合わせが2組。母親は40歳代と30歳代と思われ、息子はそれぞれ小学校に入る前と思われる。もちろん子どもたちが喫煙スペースにいるのは、母親がタバコを吸うからだ。
まあそれなら別にかまわない。というか私も喫煙者だし。
ところがこの2組は明確に違う、40歳代の母親と一緒にいる息子は、Nintendo DSで遊んでいる。それもまあいいだろう。だが30歳代の母親と息子の様子が、奇妙であり、横目で観るのが面白い。
Nintendo DSPSPまではわからないが、そのポータブルゲームプレイヤーで遊んでいるのは母親の方。息子は椅子にも座らずに母親の側に立ち、熱心に母親がプレイしているのをじっと見ているのだ。
時々「やらせてよ」という趣旨のことをいうのだが、母親は耳を貸さず、息子の様子を見ることもなく、小さなゲーム機の液晶画面に釘付け。
その様子に私は釘付け。
しばらくすると、その母親は

「ほら、ここで薬草を使わないといけないじゃん」
と息子を諭している。


ン?(・_。)?(。_・)?

「薬草?」
薬草が使われるゲームって、ドラクエか!?

それでも母親はゲームに熱中。息子はゲームに熱中している母親の側を動こうとしない。そして私は読書の合間にその親子の様子をつぶさに観察。
読書に集中するよりも面白そう。

と思っていると、塾帰りの小学生らしき男の子が、喫煙スペースに無遠慮に入ってくる。しかも何もオーダーせずに。
どうやら40歳代の母親と息子の家族らしいとわかる。
息子はDSかPSPを止めて、母親はトレイにある、皿とコーヒーカップをもって喫煙スペースを出ていった。その間も、30歳代と思われる母親はゲームに夢中。息子はその側にいるけれど、なんか様子が変だ。
母親は誰かに向かって喋っている。読書がキリのいいので、タバコに火をつけて、コーヒーのお代わりを頼むために店員の位置を確認するために店内を見回すと。
その母親は、息子にケータイをもたせて、自分の耳と口の位置にあてさせて、なにやらお喋り。しかもその間中ゲーム機の電源を落とすことはない。
どーいう会話かはすっかり忘れたが、この親子の光景を見たときに、一瞬唖然となった。

なんというか、ゲームに夢中になるのも別にかまわないけれど、息子が遊んでいたと思われるゲームを取り上げて、自分でプレイし始めて、終いにはケータイまで持たせるってどーいうこと!?

テーブル席に座っているはずなのに、息子はゲームできずに、母親のケータイを持たされている。
私が観ていたのは20分前後かもしれないが、とてもこの絵がシュールというか、奇妙に見えた。
深くは書かないけれど、ゲーム機を躾の対象として取り上げられるよりも、自分自身が遊びたいために取り上げるというのが、絵として違和感を喚起させるとするならば、私はそれなりに歳をとったことなのだろうか。

そういうシーンを、日記に書くべくシーンの詳細をメモライズしていたあと、40歳代の母親と息子×2人が辞したテーブルに男性2人組が、カフェオレを飲んでいた。
風貌から推察するに20歳代で、定職には就いていない。話からはどうやらバンドマンみたい。
しかも地方出身者。話しぶりが関西弁(もちろんこの括りは大阪弁、京都弁、神戸弁などの差異を私がわからないだけです)。彼らはどうやらUKロックの影響を受けているらしい。話の端々に「Radiohead」やら「Coldplay」などの個々のアーティストがでてくる。しかも話の骨子は「8ビートと16ビート」の違いについて、片方の男性がいかに勉強していたかを熱く語ることだった。
一方がバンドの中では、中心にいるメンバーで、作曲などの重要なパートをになっているようで、現在のUKロックにおいて「8ビート」がいかに基本となっているのかを蕩々と語る。
そのなかで熱く語る男性は、聞き役の男性にこう問いかけた。実際は特定の方言や訛り、イントネーションだったのですが、細かなことを忘れてしまいました。
だけど会話の内容を再現するとこんな感じです。

「最近本読んだか?」
連れの男性は「読んでいない」というと答えると、その男性は次のように続けた。

「俺は最近、仕事についての本を読んで感動したよ。男性は自分の人生が成功するか失敗するかは30歳までに決まるんだってよ」

は(・〇・;)

私は今年で、決定ですか!?

読書していた手が止まった。ちょうど助け船的に、ミスドの店員がコーヒーのお代わりを頼むかどうかで店内を巡回していた。
アメリカンコーヒーのお代わりをオーダーしたとき、私の前にいたはずのゲームに熱中していた母親と息子はすでにいなかった。

質問をした男性はお代わりしたカフェオレで喉を潤して続ける。以下こんな会話。
「成功するための1つの条件は、職場と家が近いことがいいんだって。なぜなら、仕事に行くまでの時間が、家から離れているとその分だけ無駄になるだろう。そういう時間をいかに削っていくかで、人生の成功か失敗が決まるんだ」
「その本はどこで手にはいるの?」
「いや、ローソンかなんかで売っているよ。それを読んでさぁ。なんか俺感動したんだわ。だって俺ら、バンドが最優先じゃん。結局バイトで無駄な時間をとられるよりも、その分バンドのために時間費やせるわけだろ」
「たしかに」
「俺たちが成功するかはバンドがいかにうまくいくかだろ。仕事といっても配達なんだから、そんなんで終わるわけないし」
「そう考えると、中野っていい町だよな。家賃だっていくらぐらいだっけ」
「俺のところは6万8千円ぐらい。やっぱり中野っていい街だよなあ」
「そういえば、中野に、24時間のスタジオって、しってる?これから練習しにいかねぇ?」
・・・・

ローソンで「人生成功の秘訣」なんて本が売っているなんて、初耳だよ。
中野がいい街であることは賛成だけど、人生の成功と失敗の基準が、バンドなのかぁ。今時「夢追いフリーター」に遭遇した感じだったけれど。
ジェイムソン著の本を、30歳になる歳に、ちまちまと読んでいる私は、「夢追いフリーター」ではなく、「Working Poor」予備軍の1人ではないだろうかと思い直してみたり。
でもローソンで本は買わないけれど。
それから子どもからDSかPSPを取り上げて、ドラクエに熱中する母親を眺めると、また人生の選択を考える。
うーん。
と思っていたときに、男性2人組は席を立つ。

どーでもいいことがダラダラと長くなった。
ということで、しばしのお休みからの復帰としては、こーいうシーンから書き始めるのはblogを書くことにとっていいのかも。

こーいう細かな話を、フィールドワークとは関係なく書いていくことに、個人的な意味以外に意味を見いだせないなぁ。
まあ、それでも書きたかったから書いたけれど。(2007.01.17wrote)

カルチュラル・ターン

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  • 作者: フレドリックジェイムスン,Fredric Jameson,合庭惇,秦邦生,河野真太郎
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